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現在の京都の繁華街、新京極と寺町通。

 

みなさん、こんにちは。

 

現在、観光客だけでなく、お買い物に出てくる地元の人たちも、大勢で賑わう新京極通と寺町通。

 

新京極通は1872年に開通された比較的新しい通りで、ひとつ隣の寺町通に集まる寺院の境内が、縁日の舞台として利用されるようになり、人が多く集まったため、各寺院の境内を整理して寺町通のすぐ東側に新しく道路を造ったのが、新京極通の始まりなんだそうです。また、京都松竹座の発祥の場所でもあり、昭和50年近くまでは映画館が多く並ぶ場所でした。
寺町通は、その名の通り寺がたくさん密集された通り。豊臣秀吉は京都改造の際、あの本能寺も今の寺町御池の場所に移動させたのです。かつては油小路蛸薬師あたりにあったそうですが、ご存知でしたか?

 

 

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ちなみに、「京極」というのは、「京都の都の果て」という意味。平安時代において、このあたりは鴨川の河原であり、果てから東は人の住む場所ではなかったんです。そんな京都でも端っこだった場所が今はこんな繁華街になっているなんて、びっくりですよね。

 

 

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この通りにもおもしろい場所があります。それは、新京極通が三条通に合流するゆるやかな坂。通称「たらたら坂」と呼ばれています。すぐ隣なのに、なぜか寺町通はそのような坂になっていないのが不思議ですよね。坂を上るときに雪駄が「たらたら」と当たることから、この名前がついたと言われています。
じつはこれも、豊臣秀吉が関係しているんです。三条大橋を日本で初めての石柱の橋に改修する際、三条通を寺町通まで延長しました。しかし当時の三条大橋から寺町の間、つまり現在の河原町のあたりは鴨川の河原。そこで、土を盛って道をつくったため、河原よりも三条通が高くなったのです。その後、かつては河原だった場所に新京極をつくる際に、高低差をなくすため、あの坂ができた、というわけなんです。

ということは、かつては新京極のあたりまで河原だったというわけですね。

 

 

 

 

CATEGORY: .KYOTO通信

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