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京都の不思議な町名の由来 なんの正面?

 

みなさん、こんにちは。

 

今回は、前回にひきつづき京都にある不思議な町名についてご紹介したいと思います。

 

京都の市バスに乗っていると、「河原町正面」という地名がありますよね。これは、七条通の手前に正面通という東西の通りがあるのですが、この通りを鴨川の東側へ渡ったあたりにちょうど、「正面町」があります。
この正面とは、一体なんの正面のことを指しているのでしょうか?

 

 

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これは、豊臣秀吉が京都改造を行った際に建てた、方広寺の大仏殿のちょうど正面に位置したからなのです。方広寺とは、あの「君臣豊楽」「国家安康」という、豊臣家滅亡のきっかけとなった銘文が彫られた鐘のあるお寺。
大仏は1798年の落雷で焼失してしまい、現在は、秀吉を祀る豊国神社の正面となっています。

 

 

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このほかにも、京都には秀吉が由来となっている地名があります。
四条御幸町あたりの、「大寿町」。

 

御所からの帰り道で秀吉が水を飲みたいと言ったところ、当時この辺りにあった大和屋というお店がお茶を差し出しました。秀吉はこれを大変喜び、このお茶に「寿」の銘を与え、それに大和屋の「大」の字を合わせて、「大寿町」という町名になったんだとか。

 

この時の秀吉は、とっても喉が渇いていたんでしょうね。笑

 

 

 

CATEGORY: .KYOTO通信

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