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京都の心霊スポット 三条河原

 

みなさん、こんにちは。

 

夏真っ盛りの京都は、本日もとっても暑いですね。
今回は、そんな暑さも吹っ飛ばす、京都の恐〜いお話をご紹介。

 

皆さんご存知の通り、京都は古い歴史のある場所。たくさんの人が集まってきて、歴史的にも様々な事件が起こっているので、心霊スポットがあっても不思議ではありません。

 

そんな中で、今回は三条河原についてお話したいと思います。

 

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今となっては、繁華街として有名な三条河原町。京阪三条駅もあり、若者の遊び場として、鴨川沿いにカップルが並んで座っている光景もお馴染みですね。
そんな華やかな場所、三条河原ですが、かつてこの場所は処刑場として使われていたんです。

 

そして、かの有名な千利休や近藤勇も、晒し首にされた場所。
三条通りは昔から人の行き来が活発で、首を晒して見せしめにするには格好の場所であったとか。また、鴨川が流れているため、死体の処理もしやすかったのだそうです。

 

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安土桃山時代の盗賊・石川五右衛門が釜茹で処刑されたのも、ここ、三条河原。
油が煮え立つ大釜に入れられ、一族もろとも処刑されたそうです。当時の日本において油は貴重品であったため、この処刑方法はかなり贅沢。
じつは、あの釜風呂、五右衛門風呂の名前の由来は、この石川五右衛門の処刑なのです。

 

また、豊臣秀次の一族の処刑が行われたのも、この三条河原。
総勢39名がこの河原で処刑され、遺体は河原に掘られた穴へ無造作に投げ込まれ、放置されていたと言われています。それから江戸時代に入って、角倉了以の高瀬川の開削の際に出土した遺骨を集め、供養のために建てられたのが、瑞泉寺です。

 

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この三条河原をはじめ、六条河原など、七条までの河原は平安時代末期から処刑場として使われていたそうです。当時の鴨川は現在よりも広大で、先ほども書いたように死体の処理がしやすく、また、葬送地である「鳥辺野」も近かったからだとか。

 

現在では明るく賑わっているだけに、そんな残虐な場所だったなんて、不思議ですね。

 

CATEGORY: .KYOTO通信

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