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コンビニ並みの出現率!京都のパン屋さん

 

みなさん、こんにちは。

 

お蕎麦や湯豆腐、お漬物、、、和食のイメージがある京都には、意外とパン屋さんがたくさんあるのをご存知ですか?

 

 

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(千本今出川にある大正製パン所のパンは、西陣の織物職人たち定番のお夜食。忙しいときに気軽に食べられる惣菜パンは職人だけでなく、周辺の金融機関に勤める人たちにも人気でした。)

 

京都市内は、どこに住んでいても徒歩圏内にパン屋さんがあると言われるほど。その出現率はコンビニ並みですね。
それから、京都市北区にある上賀茂神社では毎年10月に、京都中のパン屋さんが集まるパンフェスティバルが開催されます。その来場者数は5万人以上にも及ぶとか。

 

 

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志津屋といえば、カルネ。創業者がドイツへ視察に行った際、ミュンヘン駅で口にしたサンドイッチがモデルとなっているんだとか。)

 

1543年、種子島へ漂着したポルトガル人によって、パンは鉄砲とともに日本へ伝来しました。宣教師のキリスト教布教活動にともなってパンが広まり、なんと、あの織田信長も口にしていたんだとか。
その後、キリスト教禁止令や鎖国によって、日本人がパンを口にすることはなくなりましたが、幕末から明治時代にかけて復活し、大正時代には本格的にパンが食べられるようになったのです。

 

京都では文明開化の明治期、外国人が多く住む神戸からパンを取り寄せていましたが、進々堂の初代を始め、本場フランスへ留学し、パン作りの技術を習得した職人によって京都にもパン屋さんが増えていきました。もともと新しい物好きの京都の町衆たちがパンを食べるようになり、朝や昼の忙しい時間にパッと手軽に食べられるということで職人たちも好んで食べるようになりました。

 

 

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進々堂は大正時代、1913年創業。京都のパン文化の草分け的存在となり、現在は市内にたくさん店舗があります。)

 

こうして、京都ではどんどん、パンが広まって行ったのです。

CATEGORY: .KYOTO通信

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