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京都の街を潤した琵琶湖疏水

みなさん、こんにちは。

 

今回は、あの南禅寺の境内に立つ水路閣の上を流れている、琵琶湖疏水について調べてみました。

 

 

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古くは平安時代から都として栄え、現在も観光地として人気を集め賑わっている京都にも、衰退の時代があったことをご存知でしょうか?

 

1869年、東京遷都が行われ、繁栄期に比べて約10万人もの人口が減少し、それに伴い産業も急激に衰退したのです。
それにより始まった京都復興のための近代化政策の中で、琵琶湖疏水の開削は一大事業でした。生活用水のほか、発電や物資運搬・農業用水などに活用するために開削され、1891年には日本最初の事業用水力発電所が稼働し、その電力によって京都市街に路面電車が開通したのです。
これによって、紡績やタバコなどの新しい産業も活発化し、京都の近代化は大きく発展しました。

 

 

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第1期工事には当時の京都府の年間予算の約2倍という莫大な費用が投入された琵琶湖疏水の開削ですが、琵琶湖から京都へ水を引くという構想自体は、平清盛の時代からあったもの。その後、豊臣秀吉や徳川家康、さらに高瀬川を開削した角倉了以によっても計画されたことがあったのです。
明治時代に入り、いよいよ本格的に着手した、というわけですね。

 

 

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この水力発電によって、西陣織をはじめとする伝統産業の機械化など、京都の産業に近代化をもたらし、京都を衰退から再び活性化させたのです。

 

 

 

CATEGORY: .KYOTO通信

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